恐竜というミステリー


  
      恐竜の子孫と確認された上野公園の雀


恐竜は鳥になった。…というと驚くだろうか。どういうことか。恐竜は多様なグループに分かれて大繁栄したが、あるグループは小型化して羽根をもち鳥類へと進化したというのだ。いわゆる恐竜は絶滅したけれど、恐竜の子孫である鳥類は生き延びた。したがって、恐竜は鳥に姿を変えて今も生きているという見方ができる。

国立科学博物館で開催中の「恐竜博2005」は、ズバリこの「恐竜から鳥への進化」をテーマにしている。じつはまたテレビの仕事で紹介させてもらった。恐竜博を手がけた真鍋真さん(同館の主任研究官)による解説と、多数の化石の映像から構成した。最新のしかも刺激的な研究成果を知ることができた。恐竜博に行けば分かるのだが、興味をかき立てられたポイントをここに書いておく。

http://www.asahi.com/dino2005/
http://www.web-wac.co.jp/tv/(放送終了)


 (1)

恐竜は2億3千万年ほど前に地上に出現した。ご存知のとおりハチュウ類の一種で、トカゲやカメ、ワニ、翼竜などとは別の系統になる。恐竜は多くのグループに分かれ食性や体格を多様化させた。そのうち2本足で歩く獣脚類というグループのなかから、小型化して鳥類に進化したものが現れた。6500万年前には大量絶滅に遭遇したが、恐竜から鳥類への進化はそれ以前に起っており、鳥類の一部は絶滅に耐えて生き延びた。現在いる鳥はすべてその子孫ということになる。

恐竜が鳥になったという説が、にわかに現実味を帯びてきたのは1996年。中国で奇妙な恐竜化石が発見されたことによる。それは全長1.1mと小型で、尻尾などになんと羽毛の跡が残っていたのだ。恐竜といえば研究者もウロコばかり想像していたそうで、羽毛の恐竜が出たとあってこぞって驚嘆したらしい。その恐竜は中華竜鳥(シノサウロプテリクス)と名づけられた。

羽毛の残る恐竜化石はその後も見つかっている。そのうちミクロラプトルという全長77cmの恐竜が最も鳥に似ている。化石をみても復元画をみても、巨大で狂暴な恐竜のイメージからはほど遠い。恐竜の羽毛は、ウロコが細かい繊維状に分解するかたちで生じ、当初は保温に役立ったが、鳥に進化する過程で飛ぶための羽根へと転用されたという。ただこのミクロラプトルだけは、鳥と変わらない翼をすでに持っていたようだ。→参照画像

そうすると、これほど立派な翼をもったミクロラプトルは、もはや鳥の仲間だろうとも言いたくなる。そもそも恐竜と鳥類はどう区分けするのだろう。面白いことに、じつは羽ばたいて飛んだかどうかが第一の決め手なのだ。もちろんミクロラプトルを目撃した研究者はいないのだが、化石の骨格などから、樹から樹へ滑空するくらいはできただろうが、羽ばたいて飛んだとまでは言えず、したがって鳥ではなく恐竜とみなされる。

ところでこうした話を聞くと、まず羽毛のある恐竜が誕生しそれが時を経て鳥類へと変わっていったと理解するだろう。しかし注意すべき点がある。上にあげた中華竜鳥やミクロラプトルは白亜紀という時代の化石として発見されている。一方、最も初期の鳥といえば始祖鳥が有名だが、始祖鳥は白亜紀より古いジュラ紀に生きていた。したがって、中華竜鳥やミクロラプトルの子孫が鳥になったのではないのだ。しかも、これらの化石だけでは鳥類の起源が恐竜であること自体も疑わしいことになる。ところが今年になって、ペドペンナという別の羽毛恐竜の化石がジュラ紀のものらしいと確認された。これでようやく、羽毛恐竜が少なくとも始祖鳥と同じ時期には生息していたことが裏付けられ、疑いはとりあえず解消された。

(真鍋さんにいただいた図)


 (2)

恐竜博2005では、最近アメリカで発掘されて話題になったティラノサウルス「スー」の全身骨格も展示され、全長12.8mの雄姿が見学者の目を引いている。このティラノサウルスがまた鳥の遠縁に当たるのだ。系統図をみると、たしかにティラノサウルスの系統は、羽毛があった中華竜鳥とミクロラプトルの間に位置する。

この系統図を裏付けるかのような発表が昨年あった。ディロングという恐竜の化石。これも1.6mと小型で羽毛の跡があったのだが、注目すべきことに、頭の形などからティラノサウルスの直系と分かったのだ。あのティラノサウルスの仲間も、初期にはディロングのように小型で羽毛があったことになる。ただティラノサウルスへと巨大化した段階では、体温をむしろ下げる必要があり、いったん得た羽毛を再び退化させたとも推測される。それでも幼少時だけは羽毛が生えていたのではという考えもあるという。

なお、ティラノサウルスは主として北アメリカに生息していた。ところがその初期型であるディロングの化石が出てきたのは中国だった。しかも実は日本でも、同じく初期のティラノサウルスの仲間と思われる恐竜の歯の化石が発見されている。また、ティラノサウルスと非常によく似た恐竜(タルボサウルス)の全身骨格がモンゴルから出土している。これらのことから真鍋さんは、ティラノサウルスの系統はアジアに起源があり、やがて巨大な姿に変貌しながら北アメリカに渡っていったという説を唱えている。ちょうどそのころアジアと北アメリカが一時的に陸続きだったという事実が重要な根拠になっている。ちなみに、日本で見つかった歯の化石をティラノサウルスの初期型と認定したのも真鍋さんだった。


 (3)

というわけで、この恐竜博2005は、スーの全身骨格に圧倒されもするけれど、目下恐竜研究の焦点でもあるという鳥類への進化を新しい化石とともに辿れるところが、なにより貴重だろう。展示説明やガイドブックをしっかり読めば、学術的な観点にもそれなりにきちんと迫れると思われる。

ダーウィンの進化論への反論というのは、生物が他の生物から進化したと言うなら何故その中間の生物がいないのだ、というものだったという。恐竜から鳥への進化も、かつては始祖鳥を除けばそれらしい物証が存在しなかったのだろう。ところが最近発見が相次いでいる、どこまでが恐竜でどこからが鳥なのか分からない化石。これぞまさに進化理論の裏付けを目の当たりにしていると言っていい。――そのように真鍋さんは語っていた。


 (4)

ここからは少々ややこしい話。次のような素朴な疑問が浮かばないだろうか。ハチュウ類の一つにすぎない恐竜に、鳥類というグループをすっぽり入れてしまうのは、ヘンではないか。逆に、トカゲやワニあるいは翼竜などは、同じハチュウ類であり見た目も似ているから、恐竜と一緒にしたっていいのではないか。私もこういうところは気になったのだが、生物の系統や分類に関して系統図を眺めつつ教わりつつ、恐竜という括りの根拠や合理性が一応納得できたつもりだ。これについても書いておく。

生物を進化の系統から分類するとき、ある祖先とその子孫すべてを1グループにまとめるという方法がある(単系統群)。この単純なルールからすれば、トリケラトプスやイグアノドンやティラノサウルスや羽毛恐竜がみな恐竜グループであるのと同じく、恐竜から分岐した鳥類グループはすべて自動的に恐竜グループに入るのだ。これらの共通祖先に当たるものを想定し、それを恐竜という括りの要として要請していると言ってもいいのだろう。

そもそも系統図はどうやって描くのか。新しい化石(生物)が発見されると、その特徴から他の生物との差異や進化の順序を判断し、それを系統の分岐として表現する。戸籍のように事実を聞いて書き留めるわけではないのだから、すべてデータの解析ということになる。そういうことから、このメカニカルな系統図には「分岐は必ず2つ」「分岐点には共通祖先があるとみなす」といった法則が隠れている。また、共通祖先とは想定されたものであって、そこにぴったり当てはまる化石がそううまく発掘されはしない。だから恐竜でもなんでも、系統図の分岐点は実は空白になっている。始祖鳥も厳密には分岐点(鳥の祖先)とは言えないようだ。

繰り返すが、系統の分岐はそれ以降だけに現れる生物的特徴が根拠となる。恐竜であればまずは「脚が胴体から地面にまっすぐ伸びている」という特徴だ。トカゲのようなガニ股ではなくなったものだけが恐竜なのだ。トカゲのほかワニや翼竜の系統も、こうした特徴がまだ現れていなかったことから恐竜グループには入らない。鳥類の特徴はすでに述べたとおり「羽ばたいて飛ぶ」。なお、恐竜たちは飛翔こそしなかったものの、鳥類特有と思われた他の多くの特徴をすでに備えていたことが明らかになっているという。この点からも鳥類を恐竜に含めることには理があるのだろう。

ただし微妙なところもある。鳥類は恐竜に含まれ、恐竜はハチュウ類に含まれるなら、鳥類はハチュウ類なのか。というと、どうやらハチュウ類には鳥類を含めないことが多い。同じように、両生類はハチュウ類とホニュウ類をすべて含むとみることもできるが、両生類の話をするときはトカゲやハトやサルはふつう除外するだろう。これはその子孫全部をグループ化するルールには合わない。しかし、もともと生物は進化や分岐の観点だけで分類されてきたわけではなく、便宜上の「鳥類を含まないハチュウ類」「ホニュウ類とハチュウ類をふくまない両生類」といった区分も有用なのだ。

もうひとつ。系統図の分岐点はいずれも共通祖先であるという話だった。例をあげれば、ワニ、翼竜、恐竜などの共通祖先を想定し、その子孫すべてを「主竜類」という名で総称している(いちばん上の図参照)。ということは、たとえば翼竜と恐竜の分岐にも共通祖先は想定できるわけで、そこからの子孫のまとまりに注目してもいいはずだ。だが実際には恐竜というひとつ先の分岐以降が明らかに優先される。なぜか。恐竜だけが空前の繁栄をしたことから(化石も多いだろう)特に重視されるのか? あるいはカメやワニと違って恐竜だけは(鳥類を残して)一挙に死に絶えたことで、いっそう鮮明な印象なのか? まあ、専門的にはいろいろな背景がまだたくさんあるのだろう。

話はずれるが、恐竜はこれまでに1000種ほどの化石が見つかっているそうだ。現在でいえば動物園の生き物すべてを集めたくらいに多種多様だという話も聞いた。なるほどそう考えれば、大型小型・肉食草食・2本脚4本脚さらには鳥もどきから鳥そのものまで全部恐竜に入るということも、イメージしやすい。恐竜だけが君臨したといっても、ヒトというたった一種が地球を覆い尽くすのとは、だいぶ様相は違っていたのだろう。

おまけ:我らがホニュウ類はどのように発生したのか。古いハチュウ類から分かれたと思う人は多いだろう。ところが最近はそうみなさないという。3億年余りも昔に両生類のなかから「有羊膜類」という系統が分かれるのだが、それがほどなく2分してホニュウ類とハチュウ類それぞれの祖先に繋がっていったと考えるのだ。だから恐竜や鳥類はもちろんのこと太古のハチュウ類にも人間の祖先はいない。


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【終了】最後まで読んでくださった方への特典。「恐竜博2005」(上野の国立科学博物館で7月3日まで)の招待券、たった1枚ですがどなたかに差し上げます。**にメールをどうぞ(郵送先を添えて)。複数の場合は私がテキトウに選びます。発表はありません。


Junky
2005.6.7

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