原発ジプシーからの手紙(5)

ホウカンの爽鬱

 まだ、中国のゴビ砂漠で水爆実験が華やかなりしころのことです。朝の朝刊で、その記事を見ると、ホウカン(放管=原子力発電所の放射線管理要員)はちょっと嬉しくなります。
 ホウカンの業務の一つに搬出サーベイというものがあります。搬出サーベイとは原子力施設で使用した機材などが汚染されているかどうか調べ、その施設からの搬出の可否を判断することです。当然の事ながら、自然のバックグラウンドの放射線のレベルが搬出の基準になります。そして、基本的にはバックグラウンドから有意の検出が認められれば、その機材は搬出不可となるのです。
 私たち業者ホウカンは、その雇われ業者(下請け業者)の搬出機材にサーベイメータを当て放射能汚染があるかどうかを調べるわけです。そして、親会社(電力会社)のホウカンがそれを後ろからチェックしているわけです。一応、私たちの判断で搬出の可否を作業員に申し渡すのですが、常に後ろで電力ホウカンの厳しい目が光っているわけです。汚染が認められずに万事OKであれば何も問題はありません。搬出作業員は目を輝かしてその機材を外に持ち運びます。ところがです。汚染が有意の検出であるかどうか微妙な場合が問題なのです。そしてそうしたケースが非常に多いのです。この場合、電力ホウカンから「ちょっと待て」と一言かかるときがやっかいなのです。その時、作業員は布やブラシや洗剤を持ってきて除染しなければなりません。実際に搬出をしようとした機材は、施設内現場で十分に除染をしています。それを、さらに除染となると、これは、結構、難儀なものなのです。そして、その指示は電力ホウカンでなく私たち業者ホウカンが同じ業者の作業員に対して出すのです。
 そう、明らかに汚染がある、と、言い切れるときは良いのです。こちらもはっきりと自信を持って明言できます。微妙なときが大変なのです。電力ホウカンの判断も個人差があるし(実際に仏のホウカン、鬼のホウカンってのがいました)。業者のホウカンでもドライに割り切れる人は良いのですけれども、大抵は同じ職場の人とは仲良くやっていきたいものですから・・・実に困ったものでした。実際にはサーベイメータの当て方とか、サーベイの場所を選んだりとか、色々裏技を使ったものでした。
 え〜、前置きが長くなりましたが、ここにゴビ砂漠の水爆実験が登場します。水爆実験の翌日とか、翌ヶ日とかは死の灰がジェット気流に乗ってやってきます。雨でも降った日には万々歳で、バックグラウンドは平常の倍ぐらいに跳ね上がります。搬出基準の有意値とは、バックグラウンドの大体50%(バックグラウンドが100であれば150)ぐらいですから、そりゃもう、その日は何でも通ってしまいます。ちょっとヤバイかなといったものは、その日に無理してまとめて出しちゃいます。大体そんな日が三日ほど続きます。そして四日目ぐらいからは平常に戻ってしまって、また憂鬱な搬出サーベイが始まります。
 ふっと考えることがあります。水爆実験で日本中が、いや世界中が汚染されたそのレベルよりも低いレベルで搬出しなければならない汚染レベルって、一体何なのだろう?。恐らく、みんながその日、食べたり飲んだりするものよりも低いレベルで私たちは機材を搬出しているのです。その日に限っていえば、中のものの方が外のものよりもきれいなのです。(原子力施設には給気にもフィルターが設けられていて外の汚染も中には入りにくいのです)当然の事ながら微妙なレベルで搬出した機材が環境に及ぼす影響って一体・?・?・?・正直言って舐めても大丈夫です・・・・・
 原発はまだいいです、雇用促進の意味もあって人が大勢いますし(実際に搬出にはホウカンの他に作業員の方が沢山います)設備も整っていますから。しかし、研究機関や、開発施設で放射能を利用されているところでは大変です。ここも同じ管理基準を定められているからです。彼らの苦労は私も一時経験していましたので、同情を禁じえませんが、それ以上にこういったばかげた規制で有益な研究や開発が阻害されている方が問題です。例えば、今、放射能を扱う施設を作ろうと思うと莫大な費用がかかります。現実に官公庁か大企業以外では不可能です。これは、このばかげた規制のため、これをクリアーするには、高価な機械が必要になるからです。ですから、いわゆるベンチャーがそれを扱うというのは、夢の話なのです。ですから、放射線、放射能、を利用した新しい技術が生まれる可能性は非常に少ないのです。これは、社会にとって非常に大きな損失であると、私は断言いたします。  

1997年6月23日/信田政義

手紙一覧/ 前の手紙へ/次の手紙へ


ファイル一覧
迷宮旅行社・目次