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高橋源一郎『日本文学盛衰史』
読書しつつ感想しつつ(9)
 普請中
-----ネタバレあり。注意。

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硝子戸の中


『硝子戸の中』は、
晩年の夏目漱石が朝日新聞に書いた随想集だ。
『硝子戸の中』(一)の書きだしが、そのまま
この章の(一)の冒頭に移植されている。
やがてそれは、またもや現代風景にするりと滑り込み、
締めくくりでまた、
『硝子戸の中』(一)に限りなくUターンする。

身辺の雑事をめぐって
漱石のつぶやきがそのまま綴られたような
『硝子戸の中』は、
どれも短い文章で、
行き当たりばったりの題材、出たとこ勝負の展開
ともみえる。

その『硝子戸の中』の文体で、
石川一君(啄木)の死を、
同僚たる私(漱石)に記述させる試みが、
この章の(二)以降といっていいだろう。

そして、石川君が死を迎えたあとの
ラストシーン。

舟は大変な勢いで河を上っていた。築地の海軍大学校下を出たばかりなのに、もう永代橋にかかろうとしていた。

この場面も、もしや漱石作品の引用かとも思うが、
憶えがないから仕方ない。
ともあれ、舟には漱石と石川君と船頭がいる。
船頭は、実は、長谷川君(二葉亭四迷)なのであった。
長谷川君はこんなことを言ったりする。

おれは始めから小説に全生命を託そうと思った事なんかないと長谷川君が言った。何にだって全生命を託する事が出来るものか。おれはおれ自身を愛しているが、其のおれ自身だってあんまり信用していない。

長谷川君は、近代文学の船頭でもあり、
死んでいく人間の船頭でもあるようで、
その恐怖の現れかとも思える幻想の河を、
三人はどんどん下っていくのだった。

最後の一行。

時計が十二箇目をチーンと打った。

カルトな近代日本文学ファンなら、ここで、
次章の登場人物が予想できたりするのだろうか。
考えすぎか。


Junky
2001.6.11


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