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高橋源一郎『日本文学盛衰史』
読書しつつ感想しつつ(40)
 普請中
-----ネタバレあり。注意。

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帰りなん、いざ・・・・・・

長かったこの小説も、とうとう残るは2章だけ。
セミ・ファイナルのここは、
藤井貞和の詩「ものの声」で始まり、終わる。

 応援の声は、
 しいんとして、
 野にこときれているんだ、
 われら。

 すすりなくものの声だってもう遠すぎる。
 天上の野っていったんだ。
 昔・・・・・・

 昔・・・・・・
 信号機が降りてきた。
 天からね。

 その指示に従って四つ角を折れた。
 知らない野の方へ。
 そのとき、

 きらりひらり
 金魚のように身をかわしたあいつを、
 見かけたのだけれど。

 きのう滅ぶすべてのあした。
 生まれたまま死んでゆく虫のあえかなむくろ。
 草いきれのかげに落ちて。

 いつになったら会える。
 神話のかげに、
 われら。

天から降りてきた信号機に、
『2001年宇宙の旅』のモノリスを重ねてイメージする高橋源一郎。
西洋文明の輸入や言文一致の発明によって、
何もない野原にいきなり降ってきたものは、
近代文学という道路だ、近代文学という交通ルールだ。
しかし、その信号に従って進んで行った先もまた、
知らない野だった。
まあそんな解釈が妥当だろうか。

思い起こしてみようではないか。ずっと、昔。まだ、はじまったばかりのころを。なにもかもが新鮮だったころのことを。なにをしていいのかまるでわからなかったころのことを。

しかし、それは遥か昔の話。
文学への「応援の声」は、やがて、すすり泣きにかわり、
ついには、こときれてしまった。
今がそういう時代だと解釈していいだろう。

そして、
応援の声が沸き起こったのも、
応援の声がこときれたのも、
どちらも、天から降ってきた信号機と無関係ではない。
ということになるだろう。

ところで、この
今はこときれてしまった応援の声が実際はどんな風だったのか、
その一例が『座談会 明治・大正文学史』という書物から引用される。
1957年から64年にかけて、
雑誌 『文学』の編者が数多くの文学者を招いて行った座談会の記録だという。

 こうやって頁をめくり続け、ぼくは不意に顔をあげる。その熱気がつらくなって、いや懐かしくなって。激烈な批判。そして反批判。その応酬。それらはすべて「文学」への「応援の声」ではなかったか。数十年前、野原にはまだ「応援の声」が満ち満ちていたのである。

(略)

 だが、それは、ずっと昔、何億光年もの彼方のことだ。
 本の中で、「応援の声」をあげていた人々もその大半が遠くへ行ってしまった。もちろん、隊伍を組み、四つ角を折れて。
 遥か、知らない野の方へ。
 いまはただ寂寥が野原を支配している。
「いまわれわれにいちばん身近な文学」
 ぼくはこの個所に傍線を施す。「いちばん身近」? そもそも、身近なところに文学なんかあったっけ?
 すると「応援の声」でなく「すすりなくものの声」だけが微かに聞こえてくる。「血だらけの自我像」を抱えて、あの人たちが渡っていった四つ角に、信号機はまだあるのか?
 わからない。

この章を読んだ感想を、
そう、たとえば中原昌也あたりに一度聞きてみたい。

しかしまあ、今はともかく、、
さあ、行こう。われら『日本文学盛衰史』の読者よ。
四つ角を折れて。ずっと、向こうまで。
ともかく、最後の章まで。
かりに、応援の声は、しいんとして、野に、こときれていても。


Junky
2001.6.21


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